★ 【選択を前に】 crossroad ★
クリエイター宮本ぽち(wysf1295)
管理番号364-7517 オファー日2009-05-02(土) 03:04
オファーPC 大教授ラーゴ(cspd4441) ムービースター その他 25歳 地球侵略軍幹部
ゲストPC1 真船 恭一(ccvr4312) ムービーファン 男 42歳 小学校教師
<ノベル>

 強引に喩えるなら、レヴィアタンは魚、ベヘモットはムカデだった。
 ならば今、銀幕市という箱庭を睥睨するマスティマは何に喩えられるべきなのだろう。虫一匹逃すまいと目を光らせるこの奇怪で冷酷な獄卒は。
 だが、あれが人の心の集まりであるというのなら、そもそも形あるものになぞらえようとすること自体が無意味であるのかも知れない。


 六畳間を拡大して作られた“研究室”は、特撮やSFに登場する“悪の幹部”のアジトそのままの空間であった。暗幕でも取り付けたのかと思うほどに暗い部屋を照らし出すのは死人の顔色のような照明だけ。そこここに顔を出す珍妙な機材や機械は何らかの発明品だろうか。
 仕切られた空間の最奥を埋め尽くすのは無数のモニター。そして、巨大なメインモニターの前で腕を組む大教授ラーゴもやはり“悪の幹部”そのままの姿をしている。まるで特撮かSFの映画のワンシーンのよう。そう――メインモニターに映し出されたマスティマの姿までもが。
 フィクションであれば良かった。この現実離れした化け物が架空の産物であれば良かった。だが、ラーゴがモニター越しに睨みつける圧倒的な絶望は間違いなくこの世界に、現実に存在している。
 「……私とあの子に迷惑をかけるな」
 ラーゴは不機嫌に吐き捨てた。不快感を隠そうともせずに舌打ちし、唇を噛みながら。
 だからラーゴの選択肢は既に定まっている。迷う必要も理由も余地もありはしない。
 しかし、そこへふらりと現れた真船恭一のほうはそうもいかないようだった。


 振り返ったラーゴはぴくりと眉を持ち上げた。
 どうしたというのだ、真船は。いつも几帳面に整えられた頭髪は乱れ、ほつれ、頬も少しこけている。目の下にはくまができて、それなりに整った顔立ちが台無しだ。眼鏡すらかけていない。憔悴し、充血した眼だけがラーゴを見つめている。
 「何だそのザマは。まるで死んだ魚のようではないか」
 ラーゴの痛烈な皮肉にも真船は弱々しく笑んだだけだった。その時になって初めて、ラーゴは真船がアルバムを小脇に抱えていることに気付いた。
 「いかにも虫けららしい。これまでの思い出を顧みて涙しながら煩悶していたというわけか」
 だが、悪の幹部は真船の心中を一切慮ることなくせせら笑っただけであった。
 「ああ……その通りだ。君はどうするんだい?」
 蚊の鳴くような声。愛おしそうに、唯一のよりどころであるかのようにアルバムを握り締めた真船の両手がかすかに震えている。
 ラーゴはそんな真船の様子になど目もくれず、再びモニターに向き直ってマスティマを睨み上げた。
 「選択など初めから決まっている。あの子を守るためならなりふりになど構っていられるか」
 映画の中で、我が子同然に思っていたガスマスクの幼子を喪った挙句に発狂する。それが実体化後にビデオで観た自らの末路だった。
 「またあの子を失うなど堪えられん。かといってこの馬鹿でかい化け物と戦って勝てるとも思えぬ。私はヒュプノスの剣を選ぶ」
 あの子供はラーゴのすべてだ。あの子を守りたいという思いだけがラーゴを動かしている。勝算なしにマスティマと戦うなどという愚に打って出る気はない。たとえ勝機があるのだとしても、犠牲なく打ち勝つことが不可能であるとされている以上、あの子を失わずに済む保証などどこにもないだろう。
 「この夢が安定すればあの子と共に居られる時間が続く。万々歳ではないか。地球人の都合など知らん。道理があるのなら捻じ曲げてくれるわ」
 傲岸な大教授は相変わらずエゴイストで、自嘲的で、矛盾していた。
 「私の決断は変わらん。たとえその選択が罠であったとしても、だ。だが――」
 マントを翻し、冷笑を浮かべて真船を振り返る姿はまさに悪の幹部の立ち居振る舞いだ。
 「貴様はあの化け物と戦うと主張するのであろう? 何の力も持たぬくせに、ただの一般庶民のくせに、手前勝手な正義感と使命感を振りかざすのであろう? 力なき信念など迷惑だ、自己満足ならよそでやれ。“なせばなる”の精神論があの怪物に通用するのならそもそも誰も悩みはしない。違うか?」
 辛辣だ。あまりに辛辣だ。嘲笑い、責め立てるように投げつけられる言葉の数々は容赦なく真船を抉っている筈だ。
 「……違うよ」
 だが、真船は苦渋に満ちた表情で弱々しくかぶりを振ったのだった。


 「何が違う」
 ラーゴの唇が不快そうに吊り上がったのが真船の目にもはっきりと見てとれた。
 「この期に及んで信ずる者は救われる、願えば何だって叶うなどとほざく気か」
 「いや。違うと言ったのは、“戦うつもりはない”という意味だ」
 「ほう?」
 鼻を鳴らして語尾を持ち上げるラーゴの前で、アルバムを抱く手に知らず力がこもる。
 「僕は……夢の神の子に心から感謝している。ふー坊も、君やあの子を含めたスター達みんなも愛している」
 だけど、と掠れた声を震わせる真船の肩で、メンデレーエフと名付けられたバッキーがあどけないしぐさで首をかしげている。
 「今の状況のまま戦えばどれだけの犠牲が出るだろう? マスティマを倒せたとしても、“バランス”を取るためにまた新手が現れんという保証がどこにあるだろう? 希望がある限り、絶望もまた同等の大きさで存在し続けるのだから」
 希望を否定する気はない。だけど、それでも、この場所で出会った人々や生徒たち、妻の顔が次々と脳裏に浮かんでは消えていく。
 「市長の息女は今のこの状況を……我々の選択を知らん筈だ。そんな彼女を犠牲にして、何事も無かったかのような顔をして今まで通り過ごす事は僕には出来んよ」
 だから自分は、覚悟を定めた夢の神子とスター達の犠牲を選ぶ。それが苦悩の果てに選ばざるを得なかった真船の結論だった。
 そう、夢神の子と数多のムービースターを“犠牲”にする。真船は彼らを“殺す”道を選ぶ。この街で出逢った夢の申し子すべてを。肩の上のバッキーも同居人の任侠もガスマスクの少女も、そして目の前のラーゴも。
 「僕は」
 きつくきつくアルバムを握り締め、持ち上げた双眸を震わせ、それでも真船は真正面からラーゴに相対した。
 「彼ら彼女らを殺す選択をしたことは一生背負っていくつもりだ。それが償いになるとは思わんが、それでも――」
 言葉に詰まりながらの吐露を遮ったのは、「ふふ」というラーゴの笑い声だった。
 「ふふ……くくく」
 愉快そうに肩を揺すり、くつくつと喉を鳴らして冷酷な大教授はせせら笑う。
 「ふは、は、ふははははははははははは!」
 甲高い嘲笑は真船の鼓膜を、心を、全身をこれでもかというほど揺さぶった。
 「貴様には似合いの選択だ! 虫けららしくやっと限界を悟ったというわけか! 要は死にたくないだけであろう、偽善者め!」
 そして、悪の幹部そのままの顔で放たれた罵声は真船を粉々に打ちのめし、あまつさえ地面に叩きつけて、土足で踏みにじるかのようであった。
 力を失った腕からアルバムが滑り落ち、ごとりと音を立てて床に転がった。しかし真船はそれにすら気付かない。真船にできたことといえば、血の気を失った顔で、判決を言い渡された罪人のようにただ呆然と立ち尽くすことのみであった。
 「せいぜい泣け、喚け、苦しめ、愚かな地球人よ! 虫けらは虫けららしく打ち震えているが良い!」
 真船はもはや答えなかった。答える術を見失っていた。ついには蒼白な顔で「そうだね」と呟き、ぼんやりと踵を返した。
 重い足を引きずるように立ち去る真船の肩の上で何も知らぬバッキーが不思議そうに首をかしげている。
 後には、傲慢な悪役そのままの高笑いを続けるラーゴと、真船に忘れられたアルバムだけが残された。


 「……ふん。愚か者めが」
 ようやく笑いをおさめたラーゴはやはり不機嫌で、不愉快だった。
 真船の足音が聞こえなくなったことを確かめ、足許に転がるアルバムを拾い上げる。丁寧に貼り付けられた写真の下にはいちいち日付とコメントが書き込まれたシールが添えられていた。何月何日、何処で、誰と、どんなシーンか、どう思ったか……。几帳面な理科教師の手蹟から、写真におさまりきらなかったいくつもの情景が滲み出してくるかのようだった。
 「虫けらは虫けららしくしていろ」
 仔犬を連れて散歩に出かけるガスマスクの子供。クリスマスツリーの森での酒盛りとおぼしき写真には真船の顔も映っている。
 「分不相応に思いつめるな。おかしな事を考えられても迷惑よ」
 笑顔で埋め尽くされたページをめくるラーゴの手がふと止まった。
 「……覚えていてくれれば、それで良い」
 その瞬間、不遜な大教授の目がほんの少し濡れたように見えたのは気のせいだったのだろうか。
 アルバムの一番新しいページには花見の写真がおさめられている。騒々しくも優しい時間を切り取ったそのフォトグラフの中で、ラーゴもまた笑っていた。
 その先のまっさらな台紙にどんな記憶が綴られていくのか、誰も知る者はないだろう。


 天空に君臨する絶望の王は未だ沈黙を保っている。彼の者を形作る数多の顔が叫んでいるのは憎悪にも殺意にも、断末魔や怨嗟のようにも見えた。
 それでも今はこんなにも静かだ。この静けさの後に一体どんな嵐が訪れるのか、未だ誰も知りはしない。
 残酷な猶予にじりじりと心身を焦がされ、ある者は煩悶し、ある者は覚悟を定め、ある者は滂沱し……それぞれに審判の刻を待つ。


 (了)

クリエイターコメントご指名ありがとうございました。お世話になっております、宮本ぽちでございます。
【選択の時】をテーマにした企画プラノベをお届けいたします。

ラーゴ様が悪役すぎましたかね…?
「泣き喚け、愚かな地球人よ」は悪役の決まり文句だと思います。一度言って欲しかったです。
crossroad は「交差点」と「分かれ道」の意味で選びました。交差点も分かれ道の一種ではありますが。
一見違う道を選んだように思えるお二人ですが、ある一点においては同じなんじゃないだろうかと感じまして。

短文の割には捏造多めになりました。
楽しんで…と言っては語弊があるかも知れませんが、お気に召していただければ幸いです。
公開日時2009-05-02(土) 20:10
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